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ムラ楽→東宝の変化についてsourced by Twitter


先週の土日の遠征で1ヶ月ちょっとあけての観劇になったんですけれども、色々と違う処をメモります。

私は東宝遠征する事が少ないんですけれども、テサギ、虞美人、今回の愛プレと、いつも壮さんの演技の変化に驚きます。

(まあ出来上がるの遅いんだよっていう担のご意見もあるんですが、これはマトヴさんも大概なので・・・てか、花組は基本おっそいんで・・・)

ムラより更にフレディに対する情が溢れ出したジョセフ。それも遠征して最初に観た土曜の演技が一番ストレートに響いてきて。

お前は死なないって叫ぶフレディに、泣きそうな笑顔でコクコクって2度頷いたんだ、あの人。私の初めて見るジョセフ。あの透明な笑顔をみた瞬間、目がきゅってなって、涙が溢れてしまった。あぁ東宝から変わったんだと思ってたんだけどTLみてるとそでもないのよね。最近だって。

あ、いま私が見ているのはジョセフ・バークレーという男だ、と。あの舞台の上に強い思いを抱いて生きて、死んだ人。プルキルや劉邦に再び出会った時に感じた、不思議な浮遊感のデジャヴ。演劇のことはわかんないけど、壮さんは憑依系だと感じるのよね、私は。

憑依というとちょっと違うのかもしんないけど。上手いとか下手とか、そういうところとは別で。RHSのオンダちゃんという存在に惚れこんでしまった時みたいに、「あの生き物」がそこに居るって錯覚しちゃうの。

憑依系であり更に演技力があったのはお花様だと思ってる。んで話の内容無視して彼岸に連れてくのがオサ様。異次元からやってきた「生物」がコムロさん。此岸の「人間」なんだけど時々あっちに行く能力もある水先案内人が瞳子さん。

荻田氏を評価するのはその憑依体を正確に捉えてたからだと、思ってるんだけど。オサ様でタキジャズ、コムちゃんで蜘蛛(マテリアルも)、瞳子さんでジェレミーやらディアボロ(箱舟も)。

んーでも、これはべつに決め付けてるわけじゃないよ。人間とその他、そんな存在が好きで勝手に言ってることだから、演技力とか上手い下手とかは、いまだにわかんないし、それがいいとかわるいとかでもないです。私にはそんな風に見えるし、そんなところが、好きだというたからづか。

思いが劉邦やジョセフにシンクロしてしまうのは、真飛の役を見ている人間だから、という理由もあるんだと思う。

で・・・憑依系の定義ってきかれると言葉に詰まるんだけど。マトヴさんは壮さんのソレとは違う、ていうのが私の感覚。役が”憑く”、そういう感じはしない。”憑依”するとね、いちばん変わるのはその役の”体温”かな。0℃とか100℃とか、ヒトではあり得ない変化をする。

って全然芝居の話ではないんですけども。聖さんの変化の仕方は”人間”としての熱量なんだけど、本人以上に周りの人間に伝播していって、それが舞台に大きなメタモルフォーゼを促す、そんな風に観ている。

だからかなあ、聖さんに”森林”ていう表現に感動したの。静かな大地に根付く樹。澄み渡る風。・・・その昔、空気みたいやなって目の前でこき下ろされた事あるんやけど。ある意味言い得て妙やなと思ったよね。山の麓に育って、森と河の静寂な空気が好きだった。今でも。

で、芝居の話の続き。壮さんでありながら壮さんではない、あの時のジョセフに自分の思いがシンクロしてた、一瞬。哀しみじゃないの。嬉しかったんだ、あの人。護れなかった人を護れたから?それもある。でもそれだけじゃなかった。

”愛する人の死を見なくて済んだ”・・・そんな顔をしている。残り少ないフレディの命を知った時、彼はそれを望んだんじゃないかって。勝手に思ってる。

私個人の話。人生に大きな影響を与えた人達が命を終えたと知った時の空虚感を思い出した。この世で一番哀しいのは、愛する人を喪う事だったんだ。だから、誰を喪うよりも先に自分が先に命を終えたいと思った。死にたいって事じゃなくて、喪失に直面する事への恐怖と哀しみ。

それを虞美人やジョセフが抱えてたんじゃないかって、思って。彼らの愛する人は破滅、そして死に向かう未来を内包している。その運命に逆らう力なく、彼らに出来たことは、愛する人の死を見ることなく、愛する人の為に死ぬこと。その腕の中で。ああなんて、幸せだ。

もう二度と喪う恐怖に怯える事はない。霞んでゆく両目に映るのは愛する人が自分を見つめる姿。聞こえるのは自分を呼ぶ声。自らの躰から体温が失われてゆく中で伝わる温もり。幸せな、しあわせな、最期。

対象が真飛氏の役だから、より周りにシンクロして観てしまうんだろうと思うな。まとさんの役に同調したことはない。思いは伝播するけど。熱い人だなあと思う。あたしにはその熱さはない。全然違うところにいる相容れない人。だから永遠に憧れる。

ジョセフの死によって、フレディは同じ喪失感を抱えて生きることとなるのだけれど。でもね、人は愛するものがいれば、生きられるんだよね。母親を、キャシーとスティーブに託して。命ある限り、生きている意味を探して、ボディガードを続けるだろうと。
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