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ごめんなさい、ありがとうございます。

えっと何のご挨拶もなく更新休止して突然復活しました。

しばらくずっとTwitterのみのネットアクセスが続き、
自ブログにもアクセスせず、他ブログを訪れることもなく・・・で、
そういえばアンケートとかいただいてたなあとしばらくぶりに見てみたら、
めちゃくちゃ沢山のコメントいただいてて、涙で前がみえませぬ(´;ω;`)

こんないちファンを気にかけて下さってる方々に、
フェードアウト状態だったのがほんと申し訳なく、
マイナスなことは書かずに更新していこうかと思ったんですけど、
雪公演のことと合わせて、少々ウザ文をば。


私がタカラヅカから離れたのは、やはり、あの年末の発表が大きな原因だったと思います。
ファン歴は短いけれど、曲がりなりにも数年間、宝塚を応援した人間としては、
あのことは・・・ほんとうにきつかった。

スターが志半ばでいなくなってゆくたび、不可解な人事がおこるたび、
何度も何度も、自分なりの思いを書き連ねてきました。
この場所を愛するならば、それは耐えなければならないことだとわかっていたし、
それが嫌ならば離れるしかないのだと、何度も言い聞かせるように書いてきたと思う。
今は辛くても時が過ぎれば、巣立った人々の新天地での姿を見て安心し、
宝塚を愛する自分に戻ることができました。

・・・大切なものを嫌いにならない唯一の方法は、愛しすぎないこと。

そう、以前に記した事がありました。



そして、あまりにも辛辣で、書かなかった事があります。

この場所は、わたしを含めたファン達を、永遠に必要とはしていないということを。

宝塚は魔物です。
そしてこの魔物は、自分を愛するように仕向けながらも、
・・・愛しすぎる者は必要としないのです。

この魔物が1世紀近くも生き延びてきたのは、スターのチカラというよりも、計算された代謝システムにあります。
その場で熱狂しているファン達は、いま、輝いているスターが過去未来においても最大の輝きに感じられ、スターの終焉とともに去ることとなります。
つまり、ファンはそもそものはじめからスターと同じく「去るもの」なのです。

この魔物をひとつの身体と考えると、ファンはその血肉を支える食料のようなもの。
一時はその熱エネルギーの一部となりえますが、その細胞はやがて衰え、必要のないものとして排出される。

長く留まれば留まるほど、抑圧された負のエネルギーが溜まり、不平不満を吐き出すだけの存在となっていきます。

この魔物は、既に完成されたシステムです
完成形であるが故に、常にあたらしいファンを獲得することができます。
どんなに古いファンが不満を漏らそうとも、それは既に過去の話であり、新しい客には関係ありません。
そのシステムが生き延びる為にとる最善策は、慣れた客を長い間留めておく必要はないのです。

生まれた星には必ず終焉がくる。
常に新しい客を呼び込み、芸能という魔物が生きのびるための驚くべきシステムだといえます。
(だからこそ、外の芸能界でもそれを真似たシステムが応用されるのですから)





以上です。
ことさら偉そうに書き綴るようなことでもありませんし、誰しもわかっていることです。

わかっていながら私はこの魔物を愛していたから、その最大の裏切りに、もう何も言葉がでなくなってしまいました。
脳がスっと冷めるのを感じ、哀しむことも、憤ることも、なじることも、それを感じることすら耐えられなくなりました。なによりも、私たちはファンとして必要とされていないこと、離れてもしょうがないとされているであろうこと、それに直面するのがつらく。

おなじようなファンの方々の闇のような叫びを目にすることも厭で。
いままでのように納得させることもできず、考えることすら吐き気がする。

それは彩吹真央ファンの方達の受け止め方とはまた違っていたことでしょう。
また、そのこと以外にも皆さんお聞き及びのような事が重なり。

色々あるけれど、それでもこの場所を愛してきたつもりだった自分の限界がきたような気がして。
私の愛なんてそんなものだったのかなあと、寂しく思ったのも事実です。

それでも、観にいくことは止めなかったけれども、2月は離れ、スカイ・ステージもやめ、
まあその間にフィギュアスケートにハマってみたり、冷却期間を置いてみたのでした。



冬だからこんなに気持ちが暗いんだ。春は卒業の季節。・・・はやく春になればいいのに。



そう思いながら、先日久々に宝塚へ、最初で最後の雪組公演に行ってきました。
どんな公演でも、観なければよかったと思ったことは、一度もありません。
それが、私にとっての宝塚です。

だけど、こんなにも観たくない重苦しい気持ちでいっぱいになって劇場へ向かった公演はありませんでした。
この公演、あの人たちの最後の姿を観て、私は今後も宝塚を観られるんだろうかと。
怒りや失望で、もう離れてしまいたくなるんじゃないかと。

怖れながら・・・彼らの芝居を観終えた時、ふっと重いものが溶けたような清涼感を感じました。

懸命に血の十字を描いた旗を振りながら、ひとびとの救いを、平和への祈りを、いのちのひかりを、
かみしめるように演じていた彼らの姿に涙があふれ・・・そこにはただただ感謝しか。


いままさに私たちは、世界のいのちの危機を感じている。
ハイチの地震で、どれだけのいのちが失われたのか。
以前なら他人事だったことも、何かを考えなければいけない、そんな風に思うようになっていました。
いくつかの手段で募金はしてみたけれど、・・・私は、この手で助けることはできない。
だからこそ、この赤い十字があるんだと、それが希望なんだと。

全身全霊で訴え続けるこの舞台からのパワーに、圧倒され。


・・・私はこの人たちがここで演じていたことをずっと忘れない。
タカラヅカであったことを忘れない。


以前ほどに熱狂することはできないかもしれない。
でも、ここに戻ってきたいと思う。

愛したスターたちがみんなみんな去っていっても。

宝塚だから。






相変わらずゲシュタルト崩壊を起こしそうなウザス!文章になってしまいました、すみません。
まあ、ヅカがどーのこーの以前に自分がビンボーなこともあり、時間も限られているのでそう頻繁な活動はできないかもしれませんが、細々と再開していきたいと思っていますという言い訳に何時間かかってるんだか。

昨年から頂いたコメントに満足にお返しすることが出来ず、心苦しいですが、ありがたく頂戴いたしております。徐々にレスもできればと思っています。

ではでは、この辺で。


おぼつかないづれの山の峰よりか待たるる花の咲きはじむらむ -西行
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