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生の始めに暗く、死の終りに冥(くら)し。

人は世間愛欲の中に在りて、独り生じ、独り死し、独り去り、独り来る。
行いをおいて苦楽の地に至り趣く。身自ら之を受く。変わるもの無し。
『無量壽経』


この月になると毎年思い出す曲がある。
中島みゆきの「十二月」という曲である。


自殺する若い女が この月だけ急に増える
それぞれに男たち 急に正気に返るシーズン
大都会の薬屋では 睡眠薬が売り切れる
なけなしのテレビでは 家族たちが笑っている
  何万人の女たちが あたしはちがうと思いながら
  何万人の女たちと 同じと気がついてしまう月
人の叫びも 鴃(もず)の叫びも
風の叫びも 警笛(ふえ)の叫びも
みんな似ている みんな似ている
人恋しと泣け 十二月




辛辣な歌詞だ。
自分は不幸なんかじゃないと叫びながら、街の中を歩くとふと気が付いてしまうことがあるのだろう。
ああでも貴女はあんなにも愛されていたじゃないか。どうしてこんなことになるのだと。
飯島愛の死を、思う。

芸能界は、見た目の華やかさ以上に、スタッフや同業者との繋がりがとても大事な場所だということを業界にいた知人に聞いたことがある。スター扱いなんて一瞬のうちだ。一生その中で泳いでいくためにはやっぱり人との繋がりが本当に大切で。だからあんなにもたくさんの方に引退を惜しまれていたあのひとは、心ある女性だったと思うよ。

私がいつも以上に衝撃を受けてしまったのは、先日、とある人を見送ったからで。
2年前に末期癌が発覚してから、家族の次に近い場所で、ずっとみてきた人が、最期を迎えた。
昭和ヒト桁代の方で、もう考えられないくらい頑固で、強くて、全身に転移しているのに死の数週間前まで自転車で街をぶらつくようなヒトだった。家族でさえあきれてしまうほど気力で跳ね返そうとして自分の癌を否定し続けた。心配なんてさせてくれなかった。それは、死を受け入れられずに恐怖と闘っていた、ある意味では精神的な弱さも持っていたからだと思う。
亡くなった次の朝に対面したその顔は、思わず写真をとりたくなるくらいにっこりした笑顔だったので。いやほんと、今にも起きてきそうな笑顔だったので、びっくりして。あんなにも死を拒否していた人だから、最期は苦しんだ顔だったらどうしようと思っていたので、なんだかとても力が抜けて、ああ、ほんとによかったなあと涙が出てきて。私はこの人が死を迎えるまでの2年間、とても自分の死について考えさせられた。
金持ちも貧乏人も、美しい人醜い人も、必ず最期を迎える日が来る。私も。遺体となって。

どうやって生きるかばかりで、どうやって死ぬかなんてあまりリアルじゃないし死ぬ時は死ぬだろうなんて思っていても、いざ死んだ身体というものを目の前にすると考えさせられるものがありました。まだまだ私は家族も生きているし、これから見送るひともたくさんいるのだろうと。

そして、前後してしまうのですが、先月末にふと、とあるヅカブログさんのところを訪れたら、つい先日亡くなったという衝撃的なできごとがありまして・・・普段はほとんど訪問しないのに、数ヶ月ぶりに行ったらそんなことになっていて。私は直接交流があったわけではないけれど、やはりショックはありました。止まったままのブログがなんだかとても寂しくて。現実感もなく。

なんだかグダグダな文章になってしまいましたが、何故か今月は人の死というものが次々とのしかかってきたような気がしてならず、なんだかみんなが次々と居なくなっていくことが寂しくてならず、ああでも人は孤独なんだということをかみしめていたのです。

生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終りに冥(くら)し。
―空海
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