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御大が普通の物語を書いたように見えたりするベルナール編。

ベルばら外伝3部作における脚本について。

3部作コンプリートした宮さまと、花・星を観たおいらで終演後に話し合った結果、
星組ベルナール編が一番まともに観えたというのが結論だ。

外伝3部作のテーマは「市民革命」であり、最大の敵は「ナポレオン」である。

その軸さえしっかりしていれば、前作で混乱しなかった。

対オスカルへの恋情を無理やり挿入するからテーマがぼける。
オスカルへの愛による心情の変遷や、アンドレを加えた三角関係をがっつり描く訳でもなく中途半端にオスカルを出し。アラン編でいえば、主役はストーリーテラーにして放置、オスカルへのほのかな思いだったと匂わせるだけならまだしも、アンドレがオスカルへの愛を歌いあげたおかげで、もはやどっちが主役かわからない。

なのに話はいつの間にか時間は飛び、アンドレもオスカルも革命の間に死んだことになっている。
前半の比重との落差がめちゃくちゃだし、ダイジェスト、あらすじ以前だ。

はっきり言って、この外伝シリーズ、御大のような使い方をするくらいなら
オスカルもアンドレもフェルゼンも出る必然性はなかったんじゃないだろうか。

このベルナール編がもっとも外伝らしい説得力をもつ所以は、
彼が革命を起こす民衆の代表であったこと。
革命の場面の真ん中にベルナールが存在し、歌うことによって、『市民革命編』とでもいうべきこの物語に芯が通り、主役として機能している。
そして、物語におけるオスカルとアンドレの比重が最も適切だったこと。
まあ、主役を主役として機能させるのは演出以前の問題だと思うんだがな(…泣)

主人公の時間軸がまともに頭に入っていない御大が一貫性のあるストーリーに仕立てられたのは、ひとえにベルナールが唯一オスカルに(恋愛沙汰で)絡まず、ロザリーと結ばれた人物だったからで、偶然うまくいったに過ぎない…と思わずにはいられない(もちろん役者の力とは別の話である)。

そして最終的には役者の力があったればこそであり、御大にはそこのところを理解していただきたいのだがまあ無理だろうという諦めのもと、ベルナール編の成功を嬉しく思うファンの複雑な心境である。
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