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歌劇6月号・かなみん退団特集。

戯言を述べます。
上手く言葉にできなくて、いつも以上にまとまらない雑想ですみません。そのうちリライトするかも。


数々の演出家たちからの送る言葉を読んで。

「タカラジェンヌ・彩乃かなみ」は、なによりも「女優」として深く愛された人だったのだなあと思う。

的確な演技、歌唱力、その存在感。
宝塚の娘役の枠を超えられるミュージカル・スター。
「ME AND MY GIRL」を観て、その印象が益々強くなったように思う。
彼女が「トップ娘役」としてあることと、女優としての資質を共存させることは、容易ではなかったのかもしれないけれど。


「娘役」というのは、歌舞伎の女形のように「カタチ」として存在している。

数々の可憐な娘役達が、舞台の外でもあんなにふわふわ可愛い、おっとりフェアリーで居られるのは、「娘役というカタチ」に自らを充てめているからなのだろうと思う、実際のところは。

それは欺瞞だろうか?嘘なのだろうか?娘役たちは自らを偽っているんだろうか?
嘘ともいえるし、それこそが芸ともいえる。
美しい嘘は幸せな夢。
どんなときでも、幸せな笑顔いっぱいの嘘をつく。
そんなプロフェッショナルの顔を、私は愛する。


「外の舞台」の方が活きる、といわれるようなジェンヌがいる。
歌や演技の確かな実力を認められた役者たち。
完全な自由空間の中で、ありのままやれる事、それは素晴らしいけれど。

カタチにはまってこそ、ふと垣間見える女優のきらめきが、より良く観えることもあるんじゃないかと思う。

「娘役」という、男役に寄り添い、美しさを生み出す技術。
制限された娘役といううつわの中で開いていく花は、なんと魅力的なことだろう。


繊細で理知的で、優しさと厳しさを併せ持つ、大人の魅力を持ったこのコンビは、いつ観ても空気のようにぴったりだった。

卒業して、娘役というフェアリーでなくなったとしても。
宝塚という美しいカタチの中で育まれた花は、枯れることはないのだから。
ファンの心の中には、その鮮やかな姿がいつまでも刻まれているのだから、きっと。

最後まで、健気で幸せなサリーで、輝いてください。
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